兵庫県立神戸高等学校同窓会

インタビューのコーナー

みなさん、こんにちは!
大好評のインタビューコーナー第16回は、House of Waters ベーシストで作曲家、Moto Fukushima さん(48回生)です!
年に一度は帰国するようにしています
-このたびは世界中を回っておられる中、束の間の帰国中、神戸高校同窓会のためにお時間を作っていただきありがとうございます!

今回、親に会うためにツアーの合間をぬって帰国しました。
年に一度は帰国するようにしています。

-現在はHouse of Watersのメンバーとして世界中を飛び回っておられますね。

House of Watersは結成してもうかれこれ10年以上になります。
最初はメンバーももう少し多くて楽器編成も違いました。
毎週火曜日に集まって演奏し始めたのがもともとの始まりでした。僕以外全員がアメリカ人でした。

そのうちバンドのリーダーがクビになって。苦笑。バンドのリーダーがクビになるって、会社の社長が突然解雇されるようなものですよ。驚きましたね。リーダーがクビになるって。

僕自身は、ベースという立場であるからかもしれないのですが、みんながやりたいと言うことを一歩下がって見ているような感じです。音楽性が違うメンバーがまとまっていくのは逆に良いことといいますか、面白いですね。

それからいろいろ紆余曲折を経て、今の3人になりました。バンドメンバーのひとりはアルゼンチン人です。

アメリカ国内だけでなく、ヨーロッパ、インドなど、いろいろな国、都市をツアーで回っています。

-日本でのツアーのご予定は?

日本では・・・なかなか難しいですね。日本の音楽業界はこれまた、独特のものがあって・・・笑。
小さいころ魅了されたダルシマーという楽器と、今仕事をしています
-まずは福島さんと音楽との出会いからお聞かせいただけますか。

ピアノを教えていた母の影響で、クラシック音楽を聴いて育ちました。
母が聴講生として通っていた松陰女子大学には素晴らしいパイプオルガンがあって、その演奏を月に一度くらい聴きに行ったりしていました。

小学2年生の頃でしたか、「植村直己物語」という映画のサウンドトラックに心を打たれたのを鮮明に覚えています。
ウィンダム・ヒルというレーベルのアーティストたちが参加していて、もうそのレコードは廃盤になっているかもしれないのですが、その中でダルシマーという楽器が使われている曲があったんです。

そして偶然か否か、今House of Watersでは、このダルシマーという楽器を使っています。
ダルシマー、ご存知ですか。
ピアノの中身みたいな見た目です。

小学生の頃は特に何も将来のことは考えていませんでしたが、世界に出ていく仕事をしてみたいという想いはありました。
ジャーナリスト、みたいな。
僕が通っていた小学校は当時から国際交流が盛んだったので、交換留学生を我が家で受け入れたり、僕も向こうに行ったりしていました。そういう機会に外国文化に触れ、海外に興味は持っていたと思います。

中学生になってからバンドを始めて、音楽を追いかけるようになりました。
音楽準備室でバンド活動をしていました。特に神戸高校で何かがしたい!というわけではありませんでしたが、神戸高校に進学しました。ちなみに僕の兄も神戸高OBですよ。
 
バークリー音楽大学に進学。 それは、「小山の大将」が世界に出た時でした
高校時代の福島さん(一番左)
―神戸高校は伝統を重んじる高校ですから、ご自身の音楽活動がしづらくなるかも?というような懸念はなかったですか。

なにも考えていなかったですね。笑。
高校入学時は、音楽もしながら普通に大学に進学するんだろうなぁと思っていた気がします。

神戸高校では、入学してから3か月くらいはラグビー部に在籍していました。軽音楽部がなかったからラグビー部に入部したのですが、やっぱり音楽がやりたい、と思って退部しました。退部するときには先輩方が教室まで来て・・。大変でしたね。笑。

1年生の時に友人と「どうしたら軽音楽部が作れるか」ということを調べて軽音楽部を作ろうとしましたが、ダメでした。失敗しました。部活を作るには結構な数の先生方の推薦がいるということで、諦めざるを得ませんでした。先生方も横のつながりがあったのでしょうね、笑、反対派の先生方が強く出てくるとそれ以上は推せなかったみたいです。

当時、英語科の女性の先生がいらしたんです。見た目はジョン・レノンそっくりで、英語の発音がとてもきれいだった方なのですが、その先生は洋楽・ロックがお好きだったみたいで、少し相談した時にとても理解を示してくださった記憶があります。あとは見た目がとても怖い感じで剣道部の顧問をされていたM先生が、トイレで突然「Deep Purpleの曲いいよね~」と話しかけてこられたのが意外だったことを覚えています。
でもそのほかの先生方の理解は得られなかったですね。

軽音楽部が作れなかったので、バンドの練習は外のスタジオを借りてやっていました。安く貸してくださる方がいたり、区役所だったか区民ホールだったかの中のスタジオを安く借りたりしながら練習に励みました。当時は元町のYAMAHAの隣に楽器屋さんがあって、そこにたまっていたので、学校外のバンド仲間もできました。

その一方で勉強もがんばりました。英語はめちゃくちゃ成績よかったですね。笑。

-ということは、文化祭にも出演されたのでしょうか。

2年生と3年生のとき、文化祭にバンドで出演しました。2年生の時、当時の自治会長がメンバーに入っていました。彼はたしか、その後音大に進学したじゃなかったかなと思います。

3年生になって、僕自身が総務委員長として自治会執行部に入りました。同じ執行部の副会長の子、この子は先ほどお話した、軽音部を一緒に作ろうと頑張った友人なのですが、彼がギターで。

僕らが自治会執行部に入っていた年、定期戦で兵庫高校の自治会長もギターをやっていて、意気投合したんです。定期戦の間、兵庫高校の自治会長と、兵庫高校の軽音楽部みたいなところで、兵庫高校の会長と神戸高校の副会長、総務委員長と三人でセッションしていましたね。今だから言えることですが。笑。

進路については結構ギリギリまで悩んでいました。そのまま普通に日本の大学を受験して・・・みたいな。だから、受験して、行きたいところに行けなかったら日本での大学進学を止めるということで、大学受験は一応しましたね。担任からは「行きたいところに合格しなかったら浪人するんでしょ?」みたいなことを言われましたが、結局浪人はしませんでした。そこから甲陽音楽学院(※現 神戸・甲陽音楽&ダンス専門学校)に入学し渡米の準備をしました。20歳の時にアメリカの大学に進学したのです。

-甲陽音楽学院は、アメリカのバークレー音楽大学と提携しているのですよね。

はい。課題曲とか聴音とか、いくつかの試験を受けて、奨学金を受けることができバークレーに入学したのです。

高校まではベースを弾いていて、神戸では「上手だ」と言われていました。
そのあと甲陽音楽学院に入って、ここには主に西日本の学生が集まってきているわけですけれども、その中でも「上手」と言われていました。
“小山”の大将が“中山”の大将に・・・みたいに少しずつ大きくなっていく感じでしたが、やはりバークリーに行ってからは大変でした。なにせ世界中から有能な人が集まってくるところでしたからね。
とてもショックでした。僕は淡々と作業をするタイプですからスランプはなかったですけれど、「やはり世界は広いんだなぁ」って思いながら過ごしました。
常に自分自身を天井の高いところに置いておきたい
2019.2.19発売の新アルバム"Rising" (発売元 GroundUP Music)
―渡米されて、ご自身の音楽観に変化はありましたか。

もともと洋楽が好きで、その中でもジャズを勉強したいと思って渡米したのですが、あまりジャズのことをよく理解していなかったからでしょうか、割と素直に「アメリカでジャズを勉強するということはこういうことなのか」と勉強し、受け入れることができていました。

そこから気づけばずっとアメリカにいますね。笑。ここ最近は、日本に住みたいと思いますけれど、特に音楽の仕事をするのであれば海外にいる方が世界も広がるし楽しい気がします。自分自身を天井が高いところに置くほうが、しんどいけれど楽しいですよね。笑。

僕が渡米して音楽の道に進みたいと言ったときは母親は反対していましたけれど、それ以降は何も言わなくなりました。


-恥ずかしいのですが、教えてください。曲を聴かせていただいて気になったのですが、House of Watersの音楽のジャンルは・・・?

さぁ、なんのジャンルになるんでしょうかね。笑。いやもう、是非ここで決めてください。笑。

一応ワールドミュージックとかワールドジャズ、とか言われているみたいですけれどね。

ジャズの延長ではあると思うんですけれど、もともとジャズそのものがアフリカの音楽と西洋の音楽を混ぜたものですからね。世界中のいろいろなリズムと、西洋のモダンな音のハーモニーの融合性、という意味ではジャズの延長にあるんでしょうけれども、なんといいますか、「新しい音楽」ですね。笑。

-お休みの日はどのように過ごされていますか。

ツアーの時は、演奏して疲れて宿に帰って、次の日には次の都市に移動してという忙しい日々を送っています。

コンサートやライブがないときもベースの練習をしたり曲を書いたりしています。ずっと仕事しているようなものですね。笑。「休みができたからどこかに遊びに行こう!」と思うことはほとんどないですし、これといった趣味もないです。日本に帰国中もずっとベースを触っているので、親が「日本に帰ってきてもしているの?」って呆れていますね。笑。

いつどこで新しい曲をひらめくかわからないので、そのタイミングを逃さないようにしています。
と言っても、僕の場合はひらめきというよりは、じっくりと沈み込んでいくようなかんじで曲を創り上げていくタイプですけれどもね。
僕たちの音楽は、ロックやポップスと違ってやや複雑なので、ぼやーっとしていたイメージを、じっくり時間をかけて形にしていくことの方が多いような気がします。

一方で、身体を使う仕事ですから必要な筋肉を鍛える筋肉トレーニングやストレッチは欠かさずやっていますよ。ジム通いは、仕事のスケジュールの都合もあってなかなか続けられないのですけれど。


 
曲に込めた想いは 絶対誰にも言いません。聴いてくださる方が感じるものを大切にしたいから
-神戸高校の卒業生で良かったなと思われることはありますか。

さきほど、バークレーに進学した時にショックを受けたと話しましたが、もっと言えば神戸高校に入学した時が人生で初めてのショックだったかもしれないと思っています。中学校までは学年でトップに近い成績をとっていたのに、高校に入って自分と同じようなレベルの子がいっぱいいると知った時に、「アレ?」ってなりましたね。笑。

その点では、神戸高校に入ってよかったと思います。

神戸高校は面白い子が多かった印象もあります。勉強ができる、できないということではなく、「賢い」子が多かったですよね。
今でも、高校時代の友だちに久々に再会しても話がしやすいです。

僕らの学年は同期会の代表が誰だかわからない状態になってしまっていることもあって、学年で同期会をしたりすることはないのですが、割とアメリカに同期がいたりして、演奏を見に来てくれたりとか、そういう交流は今もあります。

-福島さんの作品に 神戸高校時代の思い出や記憶は投影されたりしているのでしょうか。

うーん・・。笑。
投影されていることにしておきましょうか。笑。

最近時々日本に帰国した時に思いますけれど、高校時代に見た景色も含めて、小さいころから自分が育った環境や景色って、今につながっているんですよね。でも同時に、そういうことを考えている自分自身は年を取ってしまった気がして嫌な気分にもなるのですが。笑。

またミュージシャンは、人との「出会い」を歌や曲に投影させることもあるんじゃないでしょうか。
歌を歌う方は歌詞に想いを込められますし、演奏家は曲に想いを刷り込ませるということもありますよね。とても自然なことだと思います。

でも僕は、「この曲にこういう想いを刷り込んだよ」というのは、絶対!誰にも言いませんけれどね。笑。
何にインスピレーションを受けて曲を作ったかというのは全部秘密にするタイプです。
先入観を持って聴いてほしくなくて・・。
聴いてくれた方がどう感じたか、そのフィードバックを教えてもらうのが面白いですね。

同じ理由で、曲のタイトルも、簡単には想像つかない、よくわからないものにすることが多いです。笑。
実は今月、House of Watersの新アルバムを発売しました。タイトルは”Rising”です。さて、どんな曲が入っているのでしょうね。笑。

ファンの方やいろいろなところからのフィードバックというか、反応や感想は気になることもありましたが、最近は気にしないようになってきました。
世界中、いろいろなところで僕たちを取り上げていただくことが増えてきましたが、それと同時にいろいろな意見が出てくるわけですよね。かといって、自分たちに好意的な意見や批評ばかり聞いて安堵するのも何か違う気がするし、自分たちに好意的でない意見や批評を聞いて不快な思いをするのは嫌ですしね。
最近は気にしないようになりました。

もちろん、個人的にいただいたメッセージはありがたく読ませていただいていますよ。
音楽を取り巻く環境が大きく変わった今こそ、僕らも頑張らなければと思えます
-このHPを読んでいる後輩たち、とくに音楽の道を目指している若い世代の皆さんにメッセージをいただけますか。


今の若いミュージシャンたちは上手ですよね!

僕たちが若かったころは、CDを探して、いろいろなCD屋さんをまわってやっと手に入れて、それを聴きながら耳でコピーして、それから練習・・というかんじでしたけれど、今では情報へのアクセスがとても容易になっていますよね。スマホで簡単に音楽を聴いたり譜面を購入したりすることができます。そういう環境で育ったからか、今の若い人たちは、飛躍的に音楽がうまいですね。

CDを求めて探し回っていた時代に比べて、情報へのアクセスが容易になってきたことについて、作り手、アーティストとしては複雑なところもありました。昔のような音楽環境の方がありがたいですしね。

でもリスナーの立場で考えたら、今のこの環境は良い物なんじゃないかなと思います。
今ではストリーミングで簡単に音楽を聴くことができるし、気に入らなければ簡単にスキップできます。
いろいろな音楽をお手軽に聴くことができます。

たとえば車を買う時に2台だけ出されて「このどちらかの車を選んでください」と言われるのと、「ここに100台あります。この中から好きな車を選んでください」と言われるみたいな感じでしょうか。リスナーにたくさんの選択肢が与えられる時代になったことは、良いことだと思っています。

そのたくさんの音楽の中でも気に入ってもらえる音楽というのが絶対あるわけです。
気に入ったらライブに行くなり音楽をダウンロードしますよね。
僕たちも、こういう時代だからこそ、多くの音楽の中から「いいな」と思ってもらえるように頑張っていかなくてはいけないなと思います。

日本は、まだまだ音楽に対する理解が浅いです。
音楽関係の仕事です、と言ったら、「この人、本当に音楽一本で食べていけているのかな」なんて思われる国じゃないですか。
そういう抑圧的な環境の中で、それでも音楽の道に進みたいと思っている若い皆さんには、負けずに頑張ってほしいと思います。

-素敵なお話ありがとうございました! 同窓生一同、福島さんの今後の益々のご活躍を応援しています!
 
≪Moto Fukushimaさんプロフィール≫

神戸大学発達科学部附属住吉小学校、中学校卒業
神戸高校卒業後、甲陽音楽学院を経てバークリー音楽大学にてジャズを勉強

現代はHouse of Watersのベーシストとして活躍

アメリカ国内だけでなく、ヨーロッパやインドでのツアーは毎回大盛況。

2019.2.15に新アルバム ”Rising”発売。(発売元はGroundUP Music)

House of Waters 公式サイト 
Moto Fukushima 公式サイト 

バックナンバー
■第16回 House of Waters ベーシストで作曲家、Moto Fukushima さん(48回生)
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